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【防災】まいにち

災害への備えや心構えを常に持てるよう、防災は毎日していることが大事です。”賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ”と言われています。過去の災害から学ぶことは多々あります。

震度6強の地震に遭った時の心構えを持ってみる

地震

2011年(平成23年)3月11日 東日本大震災

平成23年3月11日14時46分、三陸沖(北緯38度1分、東経142度9分)の深さ24kmを震源としてマグニチュード9.0の地震が発生した。この地震によって宮城県栗原市震度7を観測したほか、宮城県福島県茨城県及び栃木県の4県37市町村に及ぶ地域で震度6強を観測した。この地震は、海溝型でマグニチュード9.0という非常に大規模なものであったため、地震に伴い発生した津波の規模も非常に大きく、今回の震災による被害は津波に起因するものが多かった。

総務省消防庁 東日本大震災記録集(第2章地震津波の概要)より

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出展 東日本大震災記録集 :: 総務省消防庁

  • 地震速報が流れました。どうしますか。  
    •  まずは大声で家族全体に知らせることが大切です。
    • 次には何をしますか。
    •  鍋の中の熱湯や油から遠ざかることが大切です。
  • まとめ

地震速報が流れました。どうしますか。  

震度6強体験シミュレーション 防災シミュレーター【内閣府

震度6強

突然テレビから緊急地震速報が流れました。

 

地震への予防や避難を体験してみよう!
このゲームは、震度6強の地震に対して、「どんな予防対策を取らなくてはいけないか?」「どんな避難行動をとるべきか?」疑似体験するロールプレイングゲームです。

出典 【防災シミュレーター】震度6強体験シミュレーション

このサイトは以下からご覧ください 【防災シミュレーター】震度6強体験シミュレーション

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明日、東日本大震災があると分っていたら、どうしよう?

家具固定 地震

2011年(平成23年)3月11日 東日本大震災 

固定していた本棚から本飛び出し、山のよう 

釜石市 震災当時小学3年 男子)

連絡帳に宿題のこととかを書いている途中でいきなり地震が来て、机の下に隠れました。揺れが止まってから、1年生から6年生まで、急いで避難訓練で使う通路から校庭に逃げました。中には泣いている人もいました。

20分ぐらい経ったころにお母さんがジャンパーを持って迎えに来てくれて、家に帰りました。

ぼくの部屋は、本棚は固定していたから倒れていなかったけど、本が飛び出し、山になっていてびっくりしました。

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家は山の方だから津波は大丈夫でした。家にはお米とか乾パンもあったし、食べるものにはあまり困らなかったけど、電気が通じず、炊飯器が使えなかったので、カセットコンロを使ってご飯を炊いて食べていました。ちょっとお粥みたいだったけど、梅干しとか入れて工夫して食べました。

 出典 内閣府 防災情報のページ(1日前プロジェクト)より 

固定していた本棚から本飛び出し、山のよう

そなえは事前にしておくことが大事です。

避難訓練、家具の固定、備蓄等は事前にそなえておいてこそ、いざという時に役立ちます。

 

 1日前プロジェクト

日頃、私たちは「自分は大災害に遭うことはない」と漠然と考えています。けれども、近年の大災害を見ても、思いもよらないところで多くの災害が発生しています。この「一日前プロジェクト」は、被災者の方々にインタビューに応えていただき、その話の中から身につまされる小さな物語を生み出すことをねらいとしています。

出典 一日前プロジェクト - 内閣府

 

 

都市防災について考えてみる

火災

1657年3月2~3日 明暦の大火

 明暦3年(1657)正月18日(1657年3月2~3日)本郷丸山本妙寺から出火し、翌19日には小石川伝通院前と麹町からも出火。3件の出火によって江戸城本丸、ニノ丸、三ノ丸はじめ武家邸500余、寺社300余、倉庫9,000余、橋梁61を焼失、死者10万余人ともいわれ、江戸の町の大半が焦土となったほどの大惨事であった。若死にした娘の愛用していた振袖を、縁起が悪いと本妙寺で焼却したところ、飛火して大火になったことから振袖火事ともいわれる。

消防防災博物館より

 出典 消防防災博物館:見て学ぶ-消防の歴史・現在・未来-

 

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出典 八百屋お七 - Wikipedia

 

 江戸時代、火災は恐ろしい災害で様々な伝承として語り継がれています。大きな災害を後の人達に伝えようという気持ちは、現代の自分にも伝わります。 

 

出火原因が振袖になるかは分かりませんが、当時の人達が江戸の町を襲った大災害もすぐに忘れられてしまうことを憂い、物語としてでも伝えようとしたのかもしれません。

  • 国土交通省が取り組む防災まちづくり
  • 都市防災に対する民間事業者の取り組み
  • まちを歩いて防災マップをつくろう!!

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名古屋のメインストリート「広小路通」は江戸時代に火除地として誕生

火災

1660年2月24日~25日(万治3年1月14日~15日) 名古屋万治3年の大火

 1660年の「万治の大火」の火災のあとに、碁盤割南端の堀切筋と呼ばれる街路の一部が、火除地として約27mの幅員に拡幅され、「広小路」と呼ばれるようになりました。

出典 名古屋市:街路計画の豆知識(事業向け情報)

 

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 火除地(ひよけち)とは、江戸幕府が明暦の大火をきっかけに江戸に設置した防火用の空地です。

 火災は建物が密集していると、その被害が大きくなってしまいます。

都市部でオープンスペースをとるために、通りを広くし延焼を食い止めようとの防災の取り組みで、 各地にある「広小路」の地名の由来となっています。

 災害があったとしても、その被害を少しでも減らそうとする減災は防災とともに大事です。

100年に一度の地震でも、ヒトゴトとは思わず我がことと考えてみる

地震

1605年2月3日(慶長9年12月16日) 慶長地震

慶長地震では関東から東海、南海道、四国及び九州南部にわたってマグニチュード7.9と推定される強い地震が襲いました。

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南海トラフから駿河トラフに沿った領域で発生した過去の巨大地震震源

四国沖から和歌山県南方沖にかけて南海地震震源域、三重県南東沖から遠州灘にかけて東南海地震震源域、遠州灘から駿河湾内にある駿河トラフにかけて東海地震震源域を想定している。

過去にこの地域で発生した大地震をみると、慶長地震(1605年)の102年後に宝永地震(1707年)が発生し、それからさらに147年後の1854年に安政東海地震安政南海地震が発生している。それ以降、駿河トラフ周辺では大地震が発生おらず、160年以上が経過している。

 出典 気象庁|東海地震について | 巨大地震の可能性